縄文時代と弥生時代、それぞれの時代での生業は?

昨今の日本では内閣が主導する「働き方改革」の呼びかけで、日本人の働き方や就業環境も変化し、生業とする就業先以外の副業を持つ人も増えています。

国家や企業が存在しなかった先史時代の縄文時代や弥生時代で稲作が始まる以前は、労働と生活そのものが自然と直結していたと考えられます。

狩猟採集を中心とした生活を送っていた縄文時代と稲作を中心とした弥生時代の生業の変化を紹介します。

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目次

縄文時代から弥生時代への生業の変化

石器を利用してマンモスなどの巨大な動物を狩猟対象として生活していた旧石器時代から、土器の使用がはじまった縄文時代にも、シカやイノシシを対象とした狩猟生活を中心としながら、広葉樹の木の実を粉にして調理するために植物の採集も行われています。

つまり、縄文時代の生業が、狩猟と採集であったことは間違いないものの、約1万年もの長い期間続く間に、植物の採集だけでなく栽培もはじまったと最近の研究で明らかになっています。

日本各地で発掘された縄文時代の遺跡の調査によれば、北海道でしか取れない物が本州にあったり、その逆もあり、全国で見つかった丸木舟からも海を渡った交易が行われていたと考えられます。

縄文時代と弥生時代の明確な切り替わりの言及は難しく、そのため、稲作が始まったとされる弥生時代以前の縄文時代後半にも栗や稲作の栽培が始まった菜畑遺跡なども確認されています。

弥生時代の生業を変化させた朝鮮半島からの移民?

縄文時代と弥生時代には、それ以降の都や幕府といった場所の移動や権力者の交代がないため、時代の明確な区分が難しい時期があり、狩猟採集を行っていた縄文時代の終わりにも、弥生時代にみられる稲作や栗といった植物の栽培収穫がみられます。

弥生時代に朝鮮半島から多くの移民が流入し、大陸文化を持ち込み、縄文時代後半にはじまっていた農耕が、水田稲作などの農耕生活が生業となっていきます。

一人で全てをこなすことが難しい稲作を生業とした弥生時代には、集団を意識する生活へと変化し、「ムラ」や「クニ」といった集落が生まれ、集団同士の争いや集落の中での階級や身分、リーダーが芽生えています。

狩猟採集を生業としていた縄文時代には相棒だった犬が、稲作を生業とした弥生時代には、犬を食用とする風習もはじまっており、生業の変化が食文化も変えています。

縄文時代と弥生時代の生業の変化がもたらした生活や文化

自然の摂理の中で生活していた縄文時代には、狩猟採集を生業としながら、生業が生活そのものの暮らしぶりとなっています。

約1万年続いた縄文時代の終盤には、栗をはじめとした植物の栽培にくわえ、稲作もはじまっていたことが最近の研究で判明しています。

稲作が生業となった弥生時代では、縄文時代の狩猟採集による移動生活から集落を形成した定住生活へと変わり、「ムラ」や「クニ」の誕生と身分の違いが現れています。

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