縄文時代の詳細は、遺跡から発掘された遺物や遺構といった実物から専門家が、さまざまな仮説や推論が立てられています。
文字が使われた奈良時代以降の歴史には、縄文時代などの先史時代と同様に遺物や遺構に加えて、文字で残された史料での検証が可能で、歴史の真相の解明は裏付けが得られます。
文字がない縄文時代の人々の精神性や宗教的な思想や娯楽といった文化の解釈を発掘された物で行うには、解釈する人の想像力にも左右され、明確とは言えません。
そのため、縄文時代にどんな娯楽が存在したかは、明確な答えは得られておらず、それぞれの専門家が遺物から推論が生み出されています。
縄文時代の人々の生活に、娯楽の余裕はあったのか?
狩猟採集を中心とした生活を送った縄文時代の人々は、その日に必要な摂取カロリーを獲得できるだけの食料確保のために活動したと考えられ、推定では約4時間程度の労働が必要だったとされています。
現代のように電気もない縄文時代の人々は、日の出から日没までの時間の内、食料確保に必要とされる時間以外をいかに過ごしたかは、ハッキリとした答えはありません。
縄文時代の遺跡や遺物から発掘された土偶や石器などからは、自然精霊信仰の痕跡がみられ、祭りや食事、集落の仲間との交流などに時間が使われたと想像されます。
発掘された石製品には、現代人が理解に苦しむものもあり、もしかしたら、娯楽のために利用されたのかもしれません。
縄文時代に想像される信仰に関わる娯楽も?
縄文時代の人々は、狩猟採集を生業としていたため、自然との共存共栄をはかり、自然界に存在する万物への崇拝の念が強かったと想像できます。
発掘された集落遺跡の中央に作られた広場には祭祀遺跡も多く、自然の神への祈りと共に、踊りや舞いなどの娯楽も生まれたのではないかと考えられます。
現代の神社の境内などで奉納される能や舞といった原形が、縄文時代の人々が、神との交流のために行われた踊りや舞いと考えられ、縄文人の非日常の娯楽だったのかもしれません。
弥生時代に入るとシャーマンと呼ばれる呪術師の原形が縄文時代の祭祀遺跡から想像され、呪術的な儀式で生まれた祈りや祭礼としての祭りが、縄文時代の人々の最大の娯楽だったと推測されます。
縄文時代の娯楽は、ハッキリはわからない?
縄文時代の遺跡から発掘された遺物や遺構からは、縄文人の具体的な生活の様子や思想、宗教、娯楽といった文化の明確な答えは得られていません。
発掘された遺物といった物から、専門家による解釈が加えられ、縄文時代の人々の生活に言及されています。
狩猟採集を中心とした生活を送った縄文人が、現代のようなスポーツに興じたとは考え難く、祭祀遺跡からは、神事の原型となる踊りや舞いといった娯楽が想像されます。